2013年9月23日月曜日

水と大きな水車の街【滋賀県神崎郡能登川町町章汚水デザインマンホールのふた】

●滋賀県神崎郡能登川町町章汚水デザインマンホールのふた




このマンホールのふたの真中にある能登川町の「能」を図案化したものです。
「能」つくりの部分が、これからの飛躍を象徴しているような翼みたいに見えます。
その周りにあるのは、この能登川町にある西日本最大の能登川水車がデザインされています。

でもこの能登川町現在は東近江市に合併してしまいました。
また一つ地名が消えて行くのは寂しいものです。

2012年10月26日金曜日

ゆるキャラもいます!【埼玉県本庄市カラーデザイン防火水槽のふた】


●埼玉県本庄市市章カラーデザイン防火水槽のふた

みなさんこんばんは。
久しぶりに蓋を一枚アップします。

埼玉県本庄市は、埼玉県最北の市です。
この街は、かつて中山道の宿場町として栄えました。
しかし、戦争中の空襲によりその面影はほとんど残っていません。

最近、防災計画で駅前が整備されるのにあわせて、駅前のスペースに防火水槽を作っているところが多いようです。
このふたは、平成の大合併で本庄市と児玉郡児玉町とが新設合併してできた新本庄市の市章がデザインされています。 
さらに本庄市のマスコットである「はにぽん」が消防自動車に乗っているのも特徴的なふたです。

ちなみに「はにぽん」は本庄市の古墳から出土した笑顔の埴輪をモチーフにしているそうです。

2012年9月24日月曜日

合併にかける思い【埼玉県児玉郡上里町町章汚水デザインマンホールのふた】



●埼玉県児玉郡上里町町章汚水デザインマンホールのふた
みなさんこんばんは。
平成の大合併の特例制度も終わり、各市町村の合併も落ち着きを見せていますね。
日本では、市町村の大合併がこれまでに三回ありました。
古いほうから
・明治の大合併
・昭和の大合併
・平成の大合併
の三回です。

今回紹介する、埼玉県児玉郡上里町は、昭和の大合併のとき、七本木村、神保原村、長幡村、賀美村の四つの村が合併して上里町の前身である上里村ができました。

そのとき、この四村は、経済的、文化的、公共的に共有していたことが多かったそうです。
そこで、昭和の大合併のときに合併して上里村ができたようです。
その時の思いは、このマンホールのふたの真中にある町章(当時は村章)に表れています。
この「上里」という地名、合併した四つの村の文字が一つも入っていませんね。
この村名(現町名)は、県内で一番上(北)に位置していること、円満な農村であること、簡単に書き易いことなどから選定されました。

この町章の意味ですが、町名と同様に、「上」は上里町の「上」、そして地図上で埼玉県の最も「上」に位置することから用いられたとのことです。 
また、4つの「上」は、上里町が七本木村、神保原村、長幡村、賀美村の4つの村の合併によりできたものであるということからであり、それらで作っている形「円」には、人の和と円満という意味が込められているそうです。

マンホールのふたの右上と左下には町の木である「八重椿」、、右下と左上には、町の花であるサルビアがデザインされています。

現在、この町にある駅は、高崎線の神保原駅で合併前の神保原村にあったのでしょう。

2012年9月3日月曜日

実は肉食恐竜ではなかった!!【北海道三笠市汚水デザインマンホールのふた】


●北海道三笠市汚水デザインマンホールのふた
みなさんこんにちは。
今日紹介するマンホールのふたは北海道三笠市のマンホールのふたです。

三笠市は岩見沢市の東にあるかつて炭鉱で栄えた街でした。
石炭の炭層は、街を流れる川の流域に見られることもあります。
炭鉱閉山後は、他の産炭地と同様に人口の流出に歯止めがかかkらず、街自体がさびしくなっていっています。

現在は、お米やメロンなどの農産物の生産に力を注いでいるようです。

またこの地域は、かつてからアンモナイトやイノセラムスという、ジュラ紀から白亜紀にかけて繁栄した海棲動物の化石が多く産出することでもしられています。

このうち、アンモナイトは、今回紹介したマンホールのふたにもデザインされています。
でも、このマンホールのふたの主役は、アンモナイトではないようです。

もうみなさんもお気づきですね!
そう!このアンモナイトを足蹴にしている奴がいるではありませんか!!

こいつの正体はなんでしょうか?
見るからに肉食恐竜のように見えます。

この恐竜の名前は何と言うのでしょう?
かつてエゾミカサリュウと呼ばれていました。

えっ!どうじてこの恐竜がかつてエゾミカサリュウと呼ばれていたか?
この恐竜のもととなった化石は、この三笠市で発見された当初、肉食竜ではないかと言われていました。

しかし、調査が進み、つい5年くらい前だったのですが、この化石が大きなトカゲの化石であると鑑定されたのです!!

そのためこの肉食竜の姿は幻となってしまったのです。

でもこの化石の発見は、三笠市では大きな話題となり街おこしの一つの材料になったことは間違いありません。

このマンホールのふたは、そんな期待を乗せて作成されたものと思われます。

それにしてもこのマンホールのふたの構図は面白いですよね。
火山をむこうに、浅瀬で元エゾミカサリュウがアンモナイトを足蹴にしている姿なんて!!

実際にこのような光景が広がっていたかどうかは定かではありませんが、何ともほのぼのとした光景ですね、

現在、市内の桂沢湖へ行く途中に

2012年8月19日日曜日

かつてそこには村があった!【滋賀県高島郡朽木村汚水デザインマンホールのふた】



●滋賀県高島郡朽木村汚水デザインマンホールのふた

平成の大合併も一段落し、市町村の数もまた少なくなった。
この大合併は、市町村の合併により地方自治を効率的に行うために行ったらしい。
この合併では、市町村の財政が苦しい所にとっては、よい話だったのかもしれない。
一方で国会議員がそうであるように、合併してしまうとその地域から選出される議員も減少し、その土地の影響力が小さくなることを懸念する。

一つの自治体が消えるということは、その地域の情報発信も小さくなるように感じ取れる。
とはいえ、現在のようにネットが発達している世の中では、その地域の人がどれだけ情報を発信するかによって変わってくるのだが。

今回、紹介する滋賀県高島郡朽木村は、滋賀県北西部(湖西地区)にあった滋賀県唯一の村だった。
歴史は古くかつて、この村のスギの木が京都へ建築資材として利用されていたらしい。
また、福井県小浜から京都へ鯖を運ぶために使用されていた鯖街道が現在の国道となっている。
たしかに、琵琶湖の周りをまわらずにこの村の国道を通ると京都まで行くことができる。
私が行った時も交通量は多くはないもののトラックが走る街道筋である。

現在は、滋賀県高島郡の5町1村が合併してして高島市となり滋賀県内で二番目に広い自治体となったそうだ。
朽木村は、合併した5町1村の中で唯一琵琶湖に面していない自治体だった。
しかし、そこに自治体ができるということは、なんらかの理由があるはずだ。

マンホールのふたのデザインは、そんな過去の歴史を調べるための一助になるものだと思う。
今は、どの市町村もマンホールのふたを統一するまでの過渡期だと思う。
みなさんも合併した自治体でのマンホールのふたのデザインを探してみてはいかがだろうか?

マンホールにデザインされているのは、
真中に朽木村の鳥の「ウグイス」
その周りに朽木村の花の「ヤマユリ」
一番外側に朽木村の木の「スギ」
である。

2012年5月16日水曜日

恋は赤いバラ【埼玉県北足立郡伊奈町町章カラー消火栓のふた】

●埼玉県北足立郡伊奈町町章デザインカラー消火栓のふた

タイトルを見て殿さまキングス(いつみてもすごい名前だ・・・)の歌を思い出した方もいるのではないのでしょうか?
演歌+マンボの斬新な曲でしたが、今でも歌えば結構、場が盛り上がります。
今回紹介するふたは、黄色いバラですが・・・・。

五月になると関東ではバラが見頃です。
先日参加したオフ会でも参加前にバラ園でバラを見てきたという方もいらっしゃいました。

今日紹介する埼玉県北足立郡伊奈町は、ガーデンタウンを目指し、町の花をバラとしています。
そのせいでしょうか、この町にあるマンホールやハンドホールのふたのデザインにはバラの物が多いです。

高校野球が好きな方ならかつて伊奈学園という高校が、初出場で初優勝したことをご存知かもしれません。
この町のバラ園は、この伊奈学園高校の近くにある町制記念公園でこの時期に開催されます。
この間人づ手に聞いた話ではバラはまだ5月13日現在一部咲きのようです。
今週、来週とまだまだバラが楽しめそうなので、一度お出かけになってみてはいかがですか?
この町へ行くには
大宮駅から埼玉新都市交通に乗るか、上尾駅から朝日バスに乗るとよいでしょう。
バラ園へは埼玉新都市交通の羽貫駅を下車すると近いです。

バラと一緒にマンホールのふたも眺めてみてはいかが?

2012年5月15日火曜日

ニッカウィスキーとかぐや姫【広島県竹原市デザインマンホールのふた】

●広島県竹原市デザインマンホールのふた

みなさんこんばんは。ご無沙汰しております。
久しぶりに更新です。

日本各地を歩いてみると色々なことに驚かれされます。

今回ご紹介する広島県竹原市は、広島県の沿岸部真中にあり、しまなみ海道ができる前は、対岸にある愛媛県越智郡波方町(現今治市)との間を結ぶフェリーが就航しており、本州と四国を結ぶ主要ルートの拠点でした。
この街は、安芸の小京都と呼ばれ、江戸時代の街並みが保存されているエリアがあります。

この街は、竹原という地名を活かして、竹祭りやかぐや姫を行い町の活性化を図っているようです。
広島駅と竹原駅を結ぶバスはかぐや姫号といい、バスにはかぐや姫がデザインされています。
今回、紹介するマンホールのふたにも竹林とかぐや姫がデザインされているのはそのせいではないかと思います。

しかしながら、かぐや姫のお話とその話のモデルになった土地との関係はわかりませんでした。

この街を歩いて江戸時代の街並みが残っている地区を歩くと酒蔵が3,4件あります。
その中の一つに竹鶴酒造という蔵があります。
この蔵は、ニッカウィスキーの創始者である竹鶴政孝氏の生家でした。

広島県は、現在北広島市という地名があるように北海道に入植してきた人たちもいます。
それ以外にも広島県とこんなつながりがあったというのは、北海道出身者としてちょっとした驚きを感じました!!

この後、広島へ向かうため呉線の竹原駅へ行きました。
竹原駅のホームに立つとニッカの大きな看板がありました。
これを見てまたさらに感動しました!

ではみなさん今夜はこの辺で・・・。
おやすみなさい。