2016年9月11日日曜日

●2016年9月11日(日)JR(Japan Railways)マンホールのふた
このふたは埼玉県川口市で撮影しました。
このふたの中、つまり用途の詳細は不明ですが、通信ケーブルが入ってるのではないかと推定されます。

2016年8月21日日曜日

●2016年8月21日(日)福岡県福岡市市章マンホールのふた
福岡市は九州北部にある人口約150万人(2016年6月1日現在)の政令指定都市であり、九州一の都市です。

福岡市の地名の由来は以下の通りです(Wikipediaより引用)
博多湾に面するこの地域は古来から博多(はかた)として認識されており、大陸方面への玄関口として利用されてきた。中世に商人による自治都市が形成され、戦乱で度々焼き払われながらも、豊かな町人文化を育んだ。豊臣秀吉の手で復興されたのち、黒田氏が福岡城とその城下町を築いたことで、那珂川を境に西が城下町としての「福岡」、東が商人町としての「博多」となった[1]。その後、江戸時代から明治時代初めにかけて、福岡と博多は共存していたが、1876年に福岡と博多は統合され福博(ふくはく)となり、その後、福岡と改称された。

真中にデザインされている市章については以下のとおりです。(福岡市HPより引用)
現在の福岡市章は、明治42(1909)年10月に制定されました。
カタカナの「フ」を9個組み合わせて、「福」をあらわしています。

2016年8月15日月曜日

●2016年8月15日(月) 高知県高知市紋章合流マンホールのふた
高知市は四国の中南部に位置し、人口33.5万人の高知県の顕著所在地です。
高知市の人口は高知県の人口の46.5%を占めます。
高知市の名前の由来は、以下の通りです。
高知城の周辺は、鏡川などの川に挟まれた地形であった。このため、高知城は当初、「河中山城」(こうちやまじょう)と呼ばれていたが、音を借りて「高智山城」と改め、やがてこれが略されて「高知城」となった。
マンホールのふたの真中にある高知市の紋章は高知の「高」の字を意匠化したものと思われます。

2016年8月7日日曜日

●2016年8月7日(日)愛媛県越智郡波方町町章マンホールのふた
越智郡波方町は島嶼部を除く、愛媛県の最北端に2005年1月16日まであった町です。
2000年10月1日現在の人口は9,900人でした。
現在は、周辺の11市町村と合併し今治市となりました。
波方町は来島海峡で活躍した村上水軍の拠点であり、海時都市として栄えました。
波方町にある波方港からは対岸にある竹原港までのフェリーが運航されていましたが、しまなみ海道の開通と燃料の高騰により2009年4月に廃止されました。
真中にデザインされている町章は波方を八方(はがた)で現わし、太陽と操舵により、 波方町の発展を円内に図案化したもので農業、水産業、海運業を意味しています。



2016年7月31日日曜日

●2016年7月31日(日) 山口県下関市下水道デザインマンホールのふた

山口県下関市は山口県西部にある人口26.7万人あまり(2016年
6月1日現在)の中核都市です。

下関市は中国地方にありながら、関門海峡をはさんで北九州市との距離も近いため、経済的にも九州との結び付きが強いです。

マンホールのふたには下関の「し」に囲まれた名産の「ふく」がデザインされています。

2016年7月17日日曜日

●2016年7月17日(日)
広島県広島市市章汚水マンホールのふた

広島市は広島県南西部に位置し、人口約119万人(2016年6月1日現在)の政令指定都市である。

広島の地名の由来は以下の通りです。
広島という名称は、戦国時代末期の1589年、この地を支配した戦国大名の毛利輝元が築城に際して命名した。第二次世界大戦後に新字・現代かなづかいになる以前は「廣島(廣嶋)」と表記した。
輝元の時代、この地は太田川河口デルタの形成途上にあり、箱島(今の白島地区)や日地島(比治山)などの中洲が点在する五箇庄(ごかのしょう)と呼ばれていた。これらの中で最も広い島(実際には2番目)に築城したことから「広島」と命名したとされるが、輝元には別の意図もあった。広島築城事業は、当時120万石の「西国の雄」毛利家が、本拠地をそれまでの吉田郡山城から移して新たに築こうという大事業であり、城の名称には家運長久の願いが込められた。毛利氏は代々、大江広元の末裔であることを誇りとしており、「元」のほか「広」も諱に使用する字の一つとしていたことや「広大」「末広」の良縁起から「広」の字を冠することとし、「島」については城普請案内を務めた普請奉行の福島元長の名字からとって命名した。

真中にデザインされている、市章は旧芸州藩の旗印であった「三つ引」(三)にヒントを得て、これに川の流れを表現するカーブをつけて、水都広島を象徴したもので、明治29年5月19日に制定されました。


2016年7月10日日曜日

●2016年7月10日(日)島根県鹿足郡津和野町カラーデザインマンホールのふた
津和野町は島根県南部にある町です。
旧津和野町の市街地の町並みは、小京都ととして山口県萩市とともに津和野・萩として観光地の一角をなしています。
人口は7,600人程です(2016年6月1日現在)。
このマンホールのデザインは、旧津和野町内を流れる、津和野川や町内の水路を泳いでいる錦鯉です。